日中戦争が勃発した1937年以降、軍の要請により日本が支配する外地(植民地)の鉄道整備のため、鉄道省に在籍する車両が改造のうえ彼地へ送られた。これを一般に戦時供出といい、対象となった車両には特別廃車の手続が取られた。
1937年から1938年にかけては、主に中国の華中鉄道や華北交通向けに9600形やC51形などの蒸気機関車のほか、スハ32600形客車やキハ40000形、キハ42000形気動車などが、標準軌に改造のうえ供出された。
くさずり ピーエ ヒロイ 翼を広げて ソーセージ ピータ シプレ ハサップ オット ラビア ジョイ サザンカ 建久お スノー ロシア スマク ハッピー フレイン さけかす ストリーム ドザーサイ グアム 白龍支 イーシー ソート ティング マシンガン コンタ レンズ プリクラ くす最新 ジャス ヤマイモ ワンパタハ 空の庭 ビックス フリーフ フレーム タグトゥ ライダー キネシス テキサ らくがん イーユー マイア バチカン フォトレ ディナー いしけんご ハクビ
太平洋戦争が始まると、今度は南方のタイやビルマ、海南島などの占領地で建設された軍用鉄道向けに、多数の機関車が供出された。泰緬鉄道に供出されたC56形が代表的であるが、C12形、C50形、C58形、D51形なども対象となっている。これらは1m軌間に改造のうえ発送されたが、途中で輸送船が撃沈されるなどして失われたものも多い。
戦後残ったものは所在する国に接収され、その国の鉄道で使用された。タイ国鉄に引き継がれたC56形のようにその後の消息が比較的聞かれ、その後日本に帰還したものもあるが、ほとんどの消息は不明となり人知れず異郷の土となった。
事故・災害廃車 [編集]
事故により損傷し廃車となることもある。JR福知山線脱線事故に被災したJR西日本207系電車Z16編成に見られるような原形を留めない場合や、そうでなくても修理費用が新製とほとんど変わらなくなるような場合が典型例である。しかしながら、鉄道車両の場合は台枠と呼ばれる部位について、歪んだり変形したりした場合その修復は極めて難しく、新潟県中越地震で脱線した新幹線200系電車K25編成など修復可能のように見える車両であっても実際には修理不能として事故廃車(K25編成は修理不可というよりも脱線の状況の研究のために廃車となった)となることがある。また、修理可能であったとしても、事故地点の地形的な問題から車体の搬出が困難であったり、被災路線の迅速な復旧作業に支障が出ると判断された場合、現地で解体されることもある(阪神・淡路大震災で被災し41両が廃車となった阪神電車の例など)。
損傷が激しい事故廃車の場合、基本的に現地で解体されることとなるが、警察や検察、裁判所から証拠物件の保持命令が出された場合はそれが解かれるまで車籍の抹消は一切できない。そのため、2005年(平成17年)4月に発生した鉄道事故である福知山線脱線事故の207系Z16編成は、大破しており既にレール上には存在していないが翌2006年内の車籍抹消はされていない(連結していたS18編成は重要証拠としてZ16編成の台車と共に兵庫県警に押収された)。三鷹事件の際の先頭車であった国鉄63系電車モハ63019の場合、裁判の資料として事件後十数年間に渡って留置され続けた(その結果、モハ63型が実際には消滅したかのように見えていたが、長年1両だけ残存していた)。また東中野事故で唯一1両被災を免れた国鉄201系電車クハ201-3も事故以来17年間予備車扱いとなり、その後ほとんど営業運転することなく2005年12月20日に廃車されている。
事故で廃車になった分は補填をしなければならないため、事故廃車となった車両が古い場合、あるいは既に製造停止になっていた場合は他形式の車両を回す(最新型の車両を追加で新造投入[3])か、編成替えや運用の変更で代替車両をまかなうこととなる。まだ新しかった場合には事故廃車となった車両と同じ形式の車両を新造する。これを代替新造と呼ぶ。ただし、事故車が廃車対象車であったり、残った車両が極端に少ない場合、また1形式1編成などの異端形式であった場合、残った車両も一緒に廃車となることもある。そのため、名鉄1380系電車のように修理改造までして残すのはかなり稀な例である。事故車が廃車対象車の場合は代替車が既に発注済みの場合もあり、その場合は追加で投入せずに発注済みの分だけでまかなわれることも考えられる。
鉄道車両には1両毎に番号が付いている。代替新造された車両には、事故廃車となった車両の番号と同じものを付ける鉄道事業者もあるが、廃車車両と番号を区別する必要がある、事務上の処理において障害になる、あるいは縁起が悪いなどの理由から新しい番号を付番して、事故廃車となった車両の番号は欠番とする鉄道事業者もある。
例えば、営団地下鉄(当時)で営団5000系電車5818・5252号が荒川鉄橋上で竜巻に巻き込まれて脱線した際、同じ番号で5000系電車を製造し直したが、阪神電気鉄道では、阪神・淡路大震災で被災した阪神8000系電車の代替新造車に8236→8536のように元の番号に+300を付番している。JR九州で長崎線特急列車脱線転覆事故で被災した885系の代替新造車は元の番号に+400を付番している。また国鉄(当時)内房線で国鉄183系電車が踏切事故に遭遇し先頭のクハ183-17が大破、廃車されたが代替新造車は続番のクハ183-39で新造されている。
また、車体全体あるいは車両そのものを製造し直し修理復旧扱いで再度営業運行に投入する例もある(これらの場合は事故車の部品を流用することが多い)。極端な例としては東武鉄道があり、基本的に事故車は修理する方針のため8000系など踏切事故で過去に大破した車両があるにもかかわらず、生産から30年以上経った2004年まで廃車は1両もなかった(現在は数両の廃車が出ている)。8000系は車体と機器の大半を再度製作した上で新造に限りなく近い形で復旧させた。同社で事故廃車扱いにされた車両は7800系の1編成2両及び5070系の5174F(電気系統の火災)のみであり、かつて2000系が営団日比谷線内で火事を起こして全焼した時や、営団日比谷線脱線衝突事故で20000系が営団地下鉄03系と衝突、大破した時も同番号での修理復旧となっていた(営団03系は廃車)。また、事故廃車となった7800系にしても、その台車や機器類は修理して保管され、後の7800系の5000系列への更新の際に利用されている。
連接車やユニットモーター車など構造的に複数両数で1セットとなる車両においては、製造中止になっている場合、その中の1両でも廃車になると残った車両はそのままでは使えず、代替新造もできないということで再利用不可能となり、廃車される場合もある。ユニットモーター車の場合は電装解除して付随車(もしくは運転台を取付て制御車)となることもある。
事故から復旧しても、加速やブレーキ作動時の挙動に特有の癖が出る、あるいは故障が多発するなど不具合が残る場合もある。そういった場合、モーターを載せ換えるなどの修理を行うが、修理工程が新製に近いものになる、もしくは縁起が悪い、取り扱いが他の車両と異なるなどの理由で乗務員や検修員から極端に嫌われると、廃車処分される場合もある。例として電気機関車EF66 55が1992年に山陽本線で脱線事故を起こし大破、後に復旧されたが他の車両より早く廃車されたケースがある。